ご無沙汰しております。長谷川の三冊目の単著『音楽教育のクリティーク──美と公共の非他律論』の予約が開始されました!!

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Amazonと明治図書の公式オンラインショップから予約できます,お届けは7月頃になる予定です。
せっかくなので,少しだけ見どころを紹介させてください。
今回は全六篇の文章を収めた論集となっています。そのうち書き下ろしかつ今回の目玉は第一篇の「趣味判断の非他律論──カント『判断力批判』と音楽科教育」と第二篇の「公共音楽試論──アーレント,ベイリー,エスペラント語」です。
まずは第一篇のカント論について。この論考は,カントの『判断力批判』の中でも「趣味判断(美的判断)」に関わる4つの契機について私なりに平易な言葉で解説しつつ,それを音楽(科)教育に援用したものです。「趣味判断(美的判断)」などというと大げさに思えるかもしれませんが,とりあえずは「人間が美しいと感じるとき心のなかで起きていること」くらいに捉えてもらって構いません。つまり,音楽を聴いて「なんかいいな」と思う「あの感じ」には4つの特徴がある,とカントは言っているのです。カントの趣味判断論に関わる入門書はそれなりにありますが,音楽に特化して日本語で論じた書籍は私の知る限りなかったように思います。この本をきっかけに,音楽(科)教育における「美」の問題についての議論が深まることを期待しています。
つぎに第二篇のアーレント論について。こちらは,ハンナ・アーレントという哲学者の『人間の条件』という書籍を手がかりに,音楽における「公共」概念について論じた文章です。私たちは「公共」という語を日常的に用います。「学校は公共の教育だ」とか「公共交通機関では公共的な態度が求められる」とか……。では「公共(public)」とは具体的にどういう意味なのでしょうか。そして,「公共」の場に相応しい「音楽」とはどういうものなのでしょうか。この論考では,アーレントによる「公共」概念から始まり,人工言語であるエスペラント語やフリー・インプロヴィゼーション論の始祖であるデレク・ベイリーの思想にも言及しつつ,最終的に「公共音楽」なる概念を提唱するに至ります。音楽実践や音楽教育に公共性を持たせるためのヒントを提示できたのではないかと思っています。
以上の二篇の書き下ろしに加え,今回の書籍には既出原稿が再録されています。私はこれまで広島大学の附属小学校が発行する『学校教育』という雑誌に合計4回寄稿してきました。『学校教育』が年間購読者のみアクセスできる比較的クローズドな媒体だったので,どこかで多くの人に読んでいただける機会を作りたいを思っており,ようやく念願かなって書籍にすることができました。各文章は長くないので,さらっと読めると思うのですが,一方で内容としてはカント論やアーレント論と同様の問題意識に依拠するものとなっており,こちらの文章を読んだうえで骨太の書き下ろしを読んでいただくのもよいかなと思っています。タイトルは「音楽科における主体性と主観性──「文化の創造」を中心とする新たな音楽教育原理の提案」,「音楽科における「学びに向かう力」とはなにか──カリキュラムの余白と到達目標の排他性」,「音と音楽の分水嶺──「よさや美しさ」と音楽づくり」,「音楽科教育の公共性──美と公共の倫理的邂逅」です。
明治図書出版さんから単著を出させていただくのもこれで三回目です。毎回ありがたい機会をいただいているなと思います。今回は論集で比較的読みやすく,また学校の先生以外の方が読んでも面白いものになっていると思います。是非手に取っていただけると嬉しいです。
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